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恥ずかしいという感情

久しぶりに自分の存在が恥ずかしいという感情を抱いた。

自分の一挙一動全てを見られている。

立ち姿、歩き方、喋り方、話の内容、自分の行動全てを見られている。

そしてその全てに客観的な意見が投げかけられる。

むかつく、うざいとかそんな感情ではなくただただ恥ずかしい。

相手が他の人と話をしている姿をみると、自分のことをあざ笑っているのではないかという被害妄想に囚われる。

そして焦りが生まれる。

その人を納得させたい、認められたいという目先の小さな満足度を求めてバタバタと見苦しくもがく。

その姿を更に見られてにやりと笑われ、更に冷や汗をかく。

悪循環。

見当違いのもがき。

流れ続ける冷や汗脇汗。

立ち止まって深呼吸をしてみても、頭の中は既にオーバーヒート気味で当たり前のことすら判断ができなくなってくる。

原因はいったい何なのか。

学習不足。

技量不足。

視野の狭さ。

ぐるぐると欠如点のキーワードが頭の中を駆け巡る。

しかしその場で思い浮かぶキーワードは全て目先のことばかり。

その全てであることは間違いないが、その現状を生み出している一番の原因。

それは自分の中に指針となるものが存在していないということだ。

自分の思い描く理想像が何一つ無いのだ。

今をなんとなくそれなりに楽しく過ごせればいいや、というスタンスでふらふらと生きてきた。

それが楽しく過ごせる方法なのだと思っていた。

しかし、いざ大人と一緒に過ごしてみたときに、自分の幼稚さから目が背けられなくなり汗が吹き出した。

恥ずかしいという感情。

成長するために与えられた感情だと思う。

この感情をどう成長につなげるか。

自分をどう成長させるか。

どうやってその人に認められる人間になるのか。

その人を超える人間になるのか。

その人が好みそうなことを考えて行動するのでは、ただのアホな犬にしかなれない。

そしてその姿を見て笑われてしまい、そしてまた冷や汗をかき、自己嫌悪に陥るのだ。

そんなことをするのではなく、まず、自分の現状を見返し、自分の将来なりたい、やりたいものは何なのか、それに向け自分の武器として育めるスキルは何なのか、足りてないものは何なのか、どうやって経験を積むのか、どのような経験が必要なのかを考えて、今の行動に繋げなければいけない。

現状の恥ずかしさから脱却することを、今後の糧とするためには何をどのようにしなければいけないのか。

自分自身について考える。行動を起こす。

あの人と別のジャンルのプロとして成長し、一人の同等のパートナーとして一緒に仕事をするのだ。

そうなれば冷や汗でTシャツを濡らすことも無くなる。

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